1955年(昭和30)11月15日、吉田茂につながる自由党と、鳩山一郎の日本民主党が合併してできたのが、自由民主党(略称自民党)です。
これは、1955年2月の総選挙で革新勢力が三分の一以上の議席を獲得し、社会党左右両派の再統一の動きがでたのに対し、保守第一党の日本民主党が185名で過半数をはるかに下回ったことが契機で保守合同となったものです。
結成大会当時、総裁問題で妥協がつかず、総裁は空席のまま、鳩山・緒方・三木・大野の四人が代行委員となったが、緒方の急死で1956年(昭和31)4月、鳩山一郎が初代総裁となりました。